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2026-10-10 20:20:00
仕事ばかりに見えるお父さんにも、守りたいものがあるのかもしれません。
「あなたは仕事に行けばいいよね。」
そんなふうに思ってしまう日、ありませんか。
朝から子どもの支度をして、
学校や園の予定を確認して、
療育のことを考えて、
必要な連絡をして、
持ち物を整えて、
送迎をして。
気づけば、一日中、頭の中が子どものことでいっぱい。
そんな時、仕事に向かうお父さんの背中を見て、
「いいよね」
と思ってしまう。
その気持ちも、無理に否定しなくていいと思います。
実際に家庭のことを考え続け、動き続けている人が疲れるのは当然です。
そして、
「少しは分かってほしい」
「一緒に考えてほしい」
と思うのも自然なことです。
でも、今日は少しだけ、お父さんの側にある「守る」にも目を向けてみたいと思います。
お父さんの中には、
「家族を養わなければ」
「自分が働かなければ」
という思いを、家族への責任として強く持っている人もいます。
仕事へ行くこと。
収入を得ること。
家計を支えること。
それを、自分なりの「家族を守ること」だと思っている人もいます。
だからこそ、仕事に一生懸命になる。
疲れていても働く。
家族のために頑張っているつもりでいる。
でも、その思いがうまく家族に伝わらないことがあります。
一方で、お母さんの側には、
「私はこんなに子どものことを考えている」
という現実があります。
日々の細かなこと。
学校とのやり取り。
療育の調整。
通院。
家庭での対応。
そして、目には見えにくい、頭の中でずっと考え続ける負担。
その重さは、外からは見えにくいものです。
だから、お父さんが仕事で家族を守ろうとしていたとしても、
お母さんが
「それだけでは足りない」
と思うのも無理はありません。
ここで大切なのは、どちらが正しいかを決めることではないのだと思います。
お父さんの「守る」と、
お母さんの「守る」が、
違うだけかもしれません。
お父さんは、働くことで守ろうとする。
お母さんは、日々の生活を回すことで守ろうとする。
どちらも、家族を大切に思っているからこその行動かもしれません。
でも、守り方が違うから、
「分かってもらえない」
というすれ違いが生まれます。
そして、ここはとても大切なことですが、お父さんが働いているからといって、家事や育児に関わらなくてよいわけではありません。
お母さんが、全部を引き受ける必要もありません。
「仕事をしているから仕方ない」
だけで終わってしまえば、
お母さんの負担は減りません。
必要なのは、お互いがどんな気持ちで動いているのかを知ることです。
「私は、こうしてほしかった」
「僕は、こうすることが家族のためだと思っていた」
そんなふうに、少しだけ言葉にしてみる。
それだけでも、見えていなかったものが見えてくることがあります。
夫婦のすれ違いは、気持ちがないから起こるとは限りません。
むしろ、同じ家族を大切に思っているのに、その表し方が違うからこそ起きることもあります。
お母さんは、
「もっと一緒に考えてほしい」と思っている。
お父さんは、
「自分は家族のために働いている」と思っている。
両方が本音なのかもしれません。
でも、言葉にしなければ、その本音は相手には見えません。
だからこそ、
「分かってほしい」
だけで終わらず、少しずつ言葉にしていくことが必要なのだと思います。
支援の場でも、こうした夫婦のすれ違いに出会うことがあります。
お母さんからは、
「全部私がやっています」
という言葉。
お父さんからは、
「自分なりに家族のためにやっています」
という言葉。
どちらかが悪いのではなく、お互いに見えている景色が違うのです。
そんな時、私たち支援者にできることは、誰かの味方になることだけではありません。
お互いの言葉をつなぐこと。
「お母さんは、こう感じているようです」
「お父さんは、こう考えていたようです」
と、少しだけ橋渡しをすること。
それも、家族支援の大切な役割だと思っています。
今日、ひとつだけ。
「あなたは仕事に行けばいいよね」
と思った時、その気持ちを我慢しなくていいと思います。
「私はこうしてほしい」
と伝えていい。
そして、ほんの少し余裕があれば、
「あなたは、どう考えていたの?」
と聞いてみてもいいのかもしれません。
もしかすると、そこには、自分とは違う形の「守りたい」があるかもしれません。
守り方が違うだけで、目指しているものは同じだった。
そんなことに気づけたら、夫婦の間に少しだけ会話が戻るかもしれません。
今日、ひとつだけ。
仕事ばかりに見えるお父さんにも、守りたいものがあるのかもしれません。
中里りか
特定非営利活動法人エヌ.かんぱにぃ





