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2026-10-03 20:25:00

何も言わないお父さんも、考えているのかもしれません。

子どものことを一生懸命考えている時、隣にいるお父さんが何も言わないと、 「どうして何も言ってくれないの?」 と思うことがあります。 学校のこと。 療育のこと。 発達のこと。 これからのこと。 調べるのも、相談するのも、予定を調整するのも、いつも自分。 そんな日が続くと、 「私ばかり考えている」 「この子のこと、本当に心配じゃないの?」 そんな気持ちになることもあると思います。 私は、その気持ちを無理に打ち消さなくていいと思っています。 だって実際に、動いている人が疲れるのは当然です。 考え続けている人が、 「少しは一緒に考えてほしい」 と思うのも当然です。 でも、今日はほんの少しだけ、別の見方も置いてみたいと思います。 何も言わないことと、何も考えていないことは、本当に同じでしょうか。 もしかすると、お父さんも何を言えばいいのか分からないのかもしれません。 心配しているけれど、どう言葉にしたらいいのか分からない。 子どものことを分かりたいけれど、どう近づいたらいいのか分からない。 自分が何か言うことで、かえってお母さんを怒らせてしまうのではないか。 間違ったことを言ってしまうのではないか。そんなふうに考えて、黙ってしまう人もいるのかもしれません。 私たちは、言葉にしてくれる人の気持ちは分かりやすいです。 「心配だ」 「つらい」 「どうしたらいいか分からない」 そう言ってもらえれば、 「ああ、この人も考えているんだ」 と分かります。 でも、気持ちを言葉にすることが得意な人ばかりではありません。 考えているけれど、言葉になるまで時間がかかる人もいます。 何かしたいけれど、何をしたらいいか分からず立ち止まっている人もいます。 少し不器用なまま、子どものことを見ているお父さんもいるのではないでしょうか。 だからといって、 「お父さんにも事情があるのだから、お母さんが我慢しましょう」 という話ではありません。 ここは、とても大切なところです。 お父さんの気持ちを想像することと、お母さんが全部を背負うことは別です。 お母さん一人が、調べて、相談して、決めて、動いて、そして相手の気持ちまで理解してあげなければならない。 それでは、あまりにも大変です。 「私も疲れている」 「一緒に考えてほしい」 「これだけはお願いしたい」 そう伝えていいのだと思います。 家族だからといって、何も言わなくても分かり合えるわけではありません。 家族だからこそ、言葉にしなければ伝わらないこともあります。 子どもの発達について考えていると、お父さんとお母さんの温度差を感じることがあります。 でも、温度が違うことと、 子どもを大切に思っていないことは、必ずしも同じではありません。 心配の仕方も違う。 表し方も違う。 行動に移すまでの時間も違う。 家族であっても、一人ひとり違う人間です。 だから、ぴったり同じ気持ちになることを目指すよりも、少しずつお互いの見えているものを伝え合っていく。 その方が、家族として一緒に歩いていくことにつながるのかもしれません。 そして私は、支援する側にもできることがあると思っています。 お母さんだけから話を聞くのではなく、お父さんにも、 「どう思っていますか」 と聞いてみる。 すぐに答えが返ってこなくても、待ってみる。 普段あまり話さない方が、ぽつりと、 「実は心配しているんです」 と話してくださることがあります。 その一言を聞いて、お母さんが少し驚くこともあります。 「そんなふうに思っていたんだ」 そうやって、家族の中で初めて知る気持ちもあります。 支援は、子どもだけを見るものではありません。 家族の中にある、まだ言葉になっていない思いをつなぐことも、大切な役割なのだと思います。 今日、ひとつだけ。 「どうして何も言ってくれないの?」 と思った時、 すぐに答えを出さなくてもいいのかもしれません。 「何も考えていない」 と決めつける前に、ほんの少しだけ、 「この人にも、まだ言葉になっていない気持ちがあるのかな」 と想像してみる。 そして、お母さんも一人で抱え込まない。 「一緒に考えてほしい」 と伝えてみる。 家族は、最初から分かり合えている人たちではなく、 少しずつ分かり合っていく人たちなのかもしれません。 黙っている人にも、見えないところで考えていることがある。 そして、頑張っている人も、一人で全部を背負わなくていい。 そんなふうに、少しだけ相手の見え方が変わる日があってもいいのではないでしょうか。 今日、ひとつだけ。 何も言わない人にも、言葉になっていない気持ちがあるのかもしれません。 中里りか 特定非営利活動法人エヌ.かんぱにぃ